イタリアで死んだようなと表現されていた彼は、イングランドに来ていた。
前シーズン不本意ではあったが、そう評価されても仕方のない結果しか残せなかった。試合に出してもらえない―――――。 監督は(何故か)ドイツ人である自分のことを嫌っていた。
「あれは人を使う能力がないね。」と言いながら友人のクリストフ・ザイマンは チームに見切りをつけるとさっさとフランスへ移籍してしまった。 自分には見切りをつける度胸はなかった。そのくせプライドだけは人一倍高かった。 「ヤツは使えない」と監督が言っているのを知りぶち切れそうになった。 監督とはそりが合わない....それで十分だった。 サッカーをやっていれば様々な人に出会う、有名になればなるほど人の好意と敵意を 嫌と言うほど思い知らされた。 イングランドへ来るのはこれが初めてではない。
母方の祖父母の家には子供の頃遊びに来たこともあったし親戚が色々なところに住んでいた。
それに遠征で何度か来ている。ヒースローに到着したときに感じる空気が心地よかった、自分の中に半分ほど流れる イングランドン人の血が喜んでいるのかもしれない。 この国でプレーする数少ないドイツ人の仲間に入ったんだな。と思うとおかしかった。 子供の頃祖父が「フットボールならこの国でやればいいだろう」と冗談で言っていた。 それが現実になってしまった。――ただし祖父の愛するチーム所属ではなかったが。 どこでサッカーをやってもよかった、ドイツ以外の国ならば。 イタリアで負けた形でドイツに帰るのだけは嫌だった。
意地もあったしプライドもあった。
ミュールバッハ移籍の噂がささやかれ始めたころ山のようにオファーが来た。
買い叩かれるのを覚悟していたが、それ程ひどい話は来なかったのが救いだった。チームメイトとは付かず離れずの関係だった。 この前の大会で対戦した代表選手がこのチームにいたのをすっかり忘れていた。 お互いに顔と名前だけは知っていた。 それだけだ....。 他のチームメイトも言葉が分からないと思われているらしく、話しかけて来ようとはしなかった。 後で知ったことだが、黙っていると怖く見えるらしい、その上神経質で取っ付きずらい。 元々積極的にコミュニケーションを取るほうではなかったので、若手には相当恐れられていた。 練習試合でドイツ語で怒鳴ったのがまずかったのか。 まあいいや....。 調子は悪くない、監督が信頼してくれているのが嬉しかった。 はじめてこの監督に会った時の事はハッキリと覚えている。 社交辞令ではなく「戦力に必要だからどうしても欲しかった。」と言われた。 「イタリアでの私のプレーを見たでしょう?」と彼が言うと、 監督は「あれが君の全てだとは思っていないよ。」と答えてきた。 「リーグ優勝を狙う。」とも言っていた。チーム状態は悪くないが、自分一人加入したところで いきなり強くなるとは普通考えないだろう?と思ったが、悪い気はしなかった。 開幕までもうすぐだった。 イングランドで自分がどれだけ通用するのか分からなかったが、不思議と負ける気がしなかった。 不安よりも早く試合がしたいと心の底から思っていた。 |